TETRA'S MATH

数学と数学教育

訂正

1つ前のエントリ因果集合「花子でコラボ」 (2)の最後のほうで、
黄色の部分には全部{B,D,E,G}が含まれているので、これを1つの集合{G}で表すことを考えます。 
と書きましたが、こう書くとおかしなことになるので、以下のように訂正しました。
黄色の部分には全部B,D,E,Gが含まれているので、これを1つの記号Gで表すことを考えます。
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因果集合「花子でコラボ」 (2)

 もう一度、因果集合「花子でコラボ」を記号だけで表した図をながめてみます。

図1
      

 この中から、G、H、J、J、Kの部分を抜き出すと、次の図2のようになります。

図2
       
      

 さらに、ここにある5つの出来事を、前回と同じようにそこまでにいたる過去の集合として表すと、次の図3のようになります。

図3
     
 
  
 一方、もとの集合「花子でコラボ」にもどり、出来事を集合で表した図について考えると、G、H、I、J、Kに対応する部分は下図4の黄色の部分になります。

図4
       

 黄色の部分には全部B,D,E,Gが含まれているので、これを1つの記号Gで表すことを考えます。つまり、「高橋誠『かけ算には順序があるのか』の発行」や、「ぴまりんが小4になってかけ算・わり算のテープ図の宿題が出されたこと」込みで、「tamami二重数直線に興味をもつ」という出来事を考えるような感じです。そうなると、図3と同じ図になります。

(つづく)

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因果集合「花子でコラボ」 (1)

 郡司ペギオ‐幸夫『時間の正体 デジャブ・因果論・量子論』の第3章が以前より読める気がしてきたので、新しい因果集合であらためて考えることにしました。

因果集合「花子でコラボ」↓
(tamamiは私のこと、ぴまりんは娘のこと)

 

 この図の中にある、A〜Kの1つ1つは出来事であり、それらが因果関係によって結ばれています。出来事を記号だけで表わすと、次のようになります。

     

 これは、いってみれば集合{A,B,C,D,E,F,G,H,I,J,K}において因果関係という順序関係が設定されたものです。逆にいえば、因果関係という順序関係をもつ集合ということになります。

 で、たとえばF「tamami学校公開でパソコンクラブを見学する」に注目すると、tamamiがパソコンクラブを見学したのは、娘であるぴまりんがパソコンクラブに入ったからであり、娘がクラブに入れたのは4年生になったからなので、Fという出来事が起こるためには、A、Cという出来事が必要でした。いいかえると、Fという出来事には、A、Cという出来事が含まれていることになります。

 つまり、1つ1つの出来事を単体の出来事として考えるのではなく、そこにいたる原因あるいは過去を集めた集合として考えると、上図の因果関係は、集合どうしの含む含まれるの関係として表すことができます。(>過去を指定する変換操作Past
     
       

(つづく)
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客観的な出来事系列と主観的時間系列の調停 (2)

 客観的な出来事系列と主観的時間系列の調停 (1)のプロセスを図にまとめると、次のようになります。

 

 上の図は、郡司ペギオ−幸夫『時間の正体 デジャブ・因果論・量子論』p167図5−16を、私なりの理解で別の例で書き直し、説明を加えたものです。

 郡司さんいわく、この調停の本質は、「主観的な出来事系列の分節・粗視化が、出来事系列それ自体とすら区別できないという状況にある」と。そしてこの相互作用のモデルを使ってデジャブを説明しており、これが現在に帰属しない過去の話へとつながっていきます。

 上記のような2つの系列の相互作用は、ブール代数に対応した整ったハッセ図を出来事系列とした場合にも考えられますが、そこでは矛盾が生じず、実質的に意味ある調停が行われません。

 これまで、「整った」とか、「整いすぎていない」といった曖昧な表現ですませてきましたが、その意味を数学の言葉でいえば、「分配束であるか否か」ということになります。整っている=分配束である、整っていない=分配束ではない、ということです。分配束については、続く第6章でも検討されていきます。

 私は、郡司さんのこのモデル自体に対してはまだ十分に理解・納得していないというか、「こんなことよく思いついたなぁ〜!」という印象を持ったままなのですが、第5章の締めの部分にはそれなりに腑に落ちるものを感じました。「そういうことってあるかもしれないなぁ〜」と。

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客観的な出来事系列と主観的時間系列の調停 (1)

 下図(1)のような出来事系列があります。

 黒丸は出来事を示しており、それぞれの出来事が因果関係によって結ばれています。

     

 この系列において、下図(2)の紫の点を現在と指定すると、赤枠が過去となります。この過去をもとにして出来事をグルーピングすることを考えます。  


      

 (2)のグルーピングからもとの要素を消すと、下図(3)のような構造になっています。

    

 (1)は、出来事の因果関係を示した客観的な出来事系列ですが、(3)は、出来事系列において「現在」を指定し、過去から誘導する形のグルーピングを行った結果の構造です。つまりこれは、出来事系列の主観的な分節・粗視化です。

 さて、(3)は要素3つからなる出来事系列にも見えますが、この要素にみえる灰色円の中に、新たに集合を見出すことを考えます。全体の形が束になることにだけ気をつけて、集合の中に要素を作ると、下のようにいろいろな集合の見出し方が考えられます。なお、(1)と比べやすくするために、ここでは要素数を6にもどすような形で集合の中に要素を見出しています。


    

 そのなかから、次の(4)のような見出し方について考えます。

     
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補足というか訂正というか

 ブール束のハッセ図の時空ではきれいすぎるからで採用した図では、このあとの話が続けにくいことがようやくわかりました。たぶん、グルーピングした中身も束になっていたほうがいいのだろうと推測していますが、本当にそうなのかどうかはまだ理解できず・・・です。

 というわけで、図をかえます。これに↓

     

 「現在」を紫の点に指定して、例の方法でグルーピングすると次のようになります。

     
 
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ブール束のハッセ図の時空ではきれいすぎるから

 ここのところ、出来事系列を4次元のハッセ図で表して、グルーピングのことを考えていました。これは立方体を2つ組み合わせたような図なので、「難しいこと考えずに図形的にスライドしていく」方法をとることもできましたが、いつでもこの方法がとれるとは限らず、むしろ、とれない場合のほうが一般的と考えたほうがよさそうです。この図はあまりにも整いすぎていて、できすぎているだろう。

 というわけで今度は、整いすぎていないハッセ図でのグルーピングを考えてみます。採用するのは、次のようなハッセ図。(郡司さんが使っていない図を使って、私なりの言葉で書きますので、もはや要約というより私の解釈による“別物”になっているかもしれません。)
     
    

 aを現在として指定した場合、過去を表す集合はaとbを含む赤枠となり、未来はcとdになります。つまり、これから先、現在となりうるのはcとdだけです。出来事系列の要素としてはe、f、gも存在しているのだから、ほうっておくわけにもいきません。そして、これらはどれかの未来(=今後の現在)と関わるはずです。なので、未来である青点c、dに、黒点e、f、gを回収してもらうことを考えます。

 まず、現在である点aの1つ上である点cについていえば、点cはa、b、eを過去にもっています。でも、aとbはすでにグルーピングされているので、点cには点eだけを回収してもらうことにします。

     

 次に点dに目をうつすと、点dはすべての点を過去としてもっているわけですが、aとb、cとeはすでにグルーピングされているので、fとgを回収してもらいます。

      
(この図は不適切だったかもしれません>補足というか訂正というか

 同じような考え方で、整ったハッセ図についてのグルーピングも考えることができます。
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要素の中に集合を見出す(A系列構成)

 ハッセ図上での「現在」の移動と、粗視化した時空においては、要素で構成された出来事系列を、グルーピングによって粗視化するプロセスを眺めました。この作業では、要素と要素がどんどんくっついていき、全体の形としてはシンプルになっていきます。

 ということは、逆に考えると、集合で構成されたシンプルな構造の中をよぉくのぞきこんでみることで、そのなかの構造が見えてきて、くっついている要素と要素の関係も見えてくるかもしれません。

 たとえば、

    

というグルーピングの中をよぉくのぞいてみると、


   

みたいなことになっているのかもしれない。

 あるいは、粗視化ではスタート地点だった4次元のハッセ図を、要素で構成された出来事系列(B系列)としてではなく、グループピングされたものだったとしてとらえると・・・



 もしかしたら、こんな出来事系列↓において「現在」を指定したときのグルーピングだったかもしれない。
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ハッセ図上での「現在」の移動と、粗視化した時空

 出来事系列をグルーピングして、「粗視化」した時空をつくる (1) ・(2)をふまえたうえで、4次元のハッセ図上を「現在」が移動することにより、時空の粗視化がどのように変化していくのかを眺めてみます。

 ここでは、下図の紫の道順で「現在」を移動させていきます。
   

 スタート地点は、下図の紫の点です。この段階では、ハッセ図上の他の点はすべて未来を示す青い点であり、グルーピングは要素1つの集合になっています。

   

 次に、現在が1つ動くと、過去は下図赤枠で囲んだ部分になるので、この赤枠をもとにグループピングすると、下のようになります。
   

   


 以下、1つずつ動かして、グループ化していきます。 

   

   

   

 以上の5つのプロセスを、グループピングによって粗視化した構造で示すと、次のようになります。
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出来事系列をグルーピングして、「粗視化」した時空をつくる (2)

 そもそも、なにゆえ、出来事系列をグループ化して考えるのか? 郡司さんはこれを「現在に立った観測者からみた粗視化された内的時空」とよんでいます。“粗視化”は全体を知っていないとできないことなので、この「内的」という言葉は欺瞞を有しており、それがこのあとの節以降の課題になっているようです。

 さて、粗視化した時空の構造は、粗視化される前の構造を反映していなくてはなりません。つまり、粗視化した時空は、もとの束の構造を反映した束でなくてはならない。構造を反映しているとはどういうことか? というわけで、まずは合同関係の説明がなされています。

 ここもまた、いったん本を離れて、合同関係という言葉も忘れて、幾何学的に考えてみます。きょうは4次元のハッセ図ではなくて、下図のような出来事系列を考えます。

   

 この出来事系列の点(出来事)をグルーピングすることで、「粗視化」を試みます。まず、次のようなグルーピングを考えます。

   

 このとき、グルーピングされた1つの枠の中にある出来事のうち、いちばん上にある出来事に注目して、それよりも下にある出来事を、上の出来事に重ねるようにイメージしてみます(これは私の表現であり、郡司さんはそのような説明はしていません)。そして、いちばん上にある出来事と関わらない線分も、消していきます。そうすると、このグルーピングは、最終的には下図右図のような構造になることがわかります。

   

 上記右端の構造は、最初の構造を維持しているとはいえません。下の2つの要素に下限がないので、束になっていない。もとの構造が束で、できあがった構造が束ではないのだとしたら、これは「粗視化」というよりも、別のものにしてしまったことになるのだと思います。

 では、別のグルーピングを考えてみます。
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