TETRA'S MATH

数学と数学教育

「数学」と「現実」

 2つ前のエントリ遠山啓『代数的構造』から、いまいちど遠山啓の数学観と、ピアジェの構造主義を覗く。において、「数学は現実とは関係ない」という主旨の発言をときどき見かけると書きましたが、そう書いてよかったのかな…?と自分で不安になったので、あらためて心あたりの発言を読み直したら、微妙に意味が違っていたので、微妙に文章を書きかえてあります。

 あくまで一例なのでリンクはひかえますが、このような感覚は、それほど珍しいことではないですよね、きっと。

 先日、別件で自分のブログを読み返してみたら、こんなエントリがありました。無関係な話ではないと思うので、この機会にリンクします。「数学無用論と数学至上主義の根底にある数学観は同じ」という話が含まれています。↓

遠山啓『文化としての数学』からの抜粋・04

 一方で、算数が(学問としての)数学とは別物になっていることが指摘されたり、ガラパゴス性を指摘されたりすることもありましたね。↓

「算数のガラパゴス性」という表現について考える。

 この指摘が同時に(あるいは同じ立場の人から)行われる場合、その根底には、「学問としての数学は実社会とつながっている」という数学観があると思ってもいいのでしょうか。だとしたら、ちょっと勇気の出る話です。ただし、実社会(あるいは現実)とつながっていることと、卑近な実用主義になることとは全然別の話、ひょっとすると正反対かもしれない、と思っています。

遠山啓には、何が見えていたのだろう

算数・数学が「生活」の「役に立つ」ということの意味
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遠山啓『代数的構造』から、いまいちど遠山啓の数学観と、ピアジェの構造主義を覗く。

 遠山啓『代数的構造』[新版](日本評論社/1996年)の第6章を読んでいます。

 1つ前のエントリで書いた「アルゴリズムは時間的なもの」の話のあと、遠山啓はこんなことを語っています。
 数学はどれほど抽象的であっても,その究極の根源は実在のなかにあるといわねばならない.もちろんその実在とは数学を創り出した人間をもそのなかに含んだものとして考えているのである.
(p.230)

 私は遠山啓の「量の理論」の根本思想のうちの1つは、上記のような数学観だろうと思っていますし、私もそれに共感しています。ときどきツイッターやweb上で、「数学は(薄汚れた?)現実とは関係がない」、あるいは「(純粋)数学には、(自然界にあてはめられるような)汎用性はない」といった主旨の発言を見かけることがありますが、それはあり得ないことだと思っています。もしそうであるとしたら、数学は人間に理解できないと思うし、必要ともしないと思う。

 また、数学を他の世界と無縁な秘境に閉じ込めておきたいかのような、あるいは専門家の専売特許にしたいのかと思わせるような発言に出会うこともありますが、数学に対して謙虚であるべきなのは、「わかったつもりで終わってしまってはもったいないから」だと思っています。恥ずかしかったり、わるいことだったりするから謙虚であるべきと考えると、とたんに学ぶことが窮屈になってしまう。数学のシビアさはそんなことのためにあるのではないと思うから、「もうちょっと奥にいけば、もっとすごいものが見られるよ!」というふうにいざなってくれる専門家の言葉を、私はいつもさがしています。

 話がずれました。遠山啓はこう続けます。
ところで実在は単に空間的でもなく,単に時間的でもなく,双方を兼ねた時間・空間的なものである.だとすれば数学も当然時間・空間的なものでなければならないだろう.
 たとえば生物はそのようなものであるといわねばならない.
(p.230)

 生物は空間的な構造をもちながら、しかも時間的に変化しているが、そのようなものを取り扱うのにふさわしい理論が数学のなかで創り出されているかというと、答えは否である、と書いています。なお、ウィーナーの“動的体系”にちょっと触れています。
[関連エントリ]
遠山啓の「数学の未来像」と、山口昌哉のコメント

 遠山啓がこの文章を書いたのは、“構造主義”が盛んな議論のまとになっていた時期のようですが、遠山啓はこれに対して立ち入った議論を展開するつもりはないが...という前置きつきで、ピアジェの構造主義論を紹介しています。それは、「構造主義がややもすると陥りがちな硬直からそれを救い出し、その生産性を回復するために書かれたと思われる」ものであったからなのでしょう。

 ピアジェは構造の条件として、「1.全体性」「2.変換性」「3.自己制御」の3つの条件を提示したようです。そして「1.全体性」については、つぎのように述べているもよう。

 「構造固有の全体性の性格ははっきりしている.というのは,すべての構造主義者たちが一致して認めている唯一の対立は,構造と集合体-----すなわち全体とは独立した要素から成り立っているもの-----との対立だからである」

 そして単位元の話になっていくのです。数学的構造を例にとっていえば、群の単位元eは、群という構造のなかでそれが占める特殊な性格、すなわち、他のものaとかけて他のものaになる(ea=ae=a)という性格によって規定されている。これは構造のなかの有機的な構成部分なのであり、この点が、それ自身が他とは独立に存在している集合の要素とは違っている、と遠山啓は語ります。

 という話をきくと、0と1にまつわるとりとめのない曖昧な思考のことと、檜山正幸さんの郡司ペギオ-幸夫批判経由で知った、「自由生成された半群Dに単位元を付け加える」ことを思いだします。郡司さんはこのことを、“無矛盾な形式的体系を構成するためには、可能世界は先見的に見渡されねばならない。だから我々は、可能世界全体を、Dに「何もしない」という操作を付け加えておくことで定義せねばならない。”と書いているようです。

 『代数的構造』にもどると、「しかし,このように,全体と部分とを氷炭相容れない対立概念とみることは,誤りであろう」と話は続きます。ピアジェは、

 「あらゆる領域で,認識論的態度が,構造的法則をもった全体性の承認か,それとも要素から出発する原子論的合成かといった二者択一に帰せられると思い込むのは,誤っている」

と述べているようで、遠山啓はこれを、「簡単にいうと,要素なき全体か,全体なき要素か,という問題設定そのものが誤りである,というのである」とまとめて、事実は、全体が要素への分解をどの程度まで許すかという問題になるだろう…と話を続けます。

 そして化合物と元素の関係などが例にあげられたあと、このような分解・合成、あるいは非可逆性と可逆性のもっとも大きな問題は、「生命の合成」であろうと書いてあるのですが、私のいまの関心は、化学的、生物学的アプローチよりも、社会的アプローチにあるのでした。

 すなわち、「私」と「社会」の関係。もちろん私は生物ですし、さまざまな元素で構成され、元素で生かされていると思うので、化学的、生物学的であることと、社会的であることとは、それこそ分けて考えられない問題だろうと思っています。
[関連エントリ]
歴史の時代区分としての「近代」/おにぎりとお餅のイメージ

 次の「2.変換性」については、群という構造のなかでの「x → ax=y」や「x → axa^(−1)」という変換の例が示され、構造は種々の内部変換を許す有機的全体である、とまとめてあります。

 最後の「3.自己制御」に関しては、上記の変換の多くは構造の枠内で起こる(変換に対して閉じている)が、そうでないときは構造そのものを拡大して、その拡大された構造はその変換に対して閉じるようにする、ということについて述べてあります。たとえば自然数の集合は減法に対しては閉じていないが、それに0と負の整数をつけ加えることによって、減法に対しても閉じた整数という構造が得られる、と。

 それは決して静的な構造ではなく、動的な構造、もしくは体系である。「構造をこのように解釈するならば硬直した形骸ではなくなるだろう」という一文で、この章はしめくくられています。

 ついでといってはなんですが、『構造主義』(ジャン・ピアジェ著/滝沢武久・佐々木明 訳/白水社【文庫クセジュ】)の訳者まえがきから次の部分を抜き出してみます。これは1970年に書かれたものであり、もしかしたら遠山啓が自分の主張にあう文献としてピアジェを引き合いに出したというよりも、遠山啓がピアジェの影響を受けたのではないか、とも思えてきます。
ピアジェによれば、構造は予定調和的に存在するもの(前成説)ではなく、構成されるものである。そして彼は、その構成過程を、発達心理学的研究から立証したのだった。だから、彼の構造主義は、構成主義でもあるといえよう。
(p.6)
 これまでに述べたことからわかるように、本書は、とくに人文・社会科学における構造主義のある種の静態的傾向に対する、構成主義の側からの批判となっている。
(p.8)

 というような話と、1つ前のエントリで触れた「ある2つの建築観の違い」の話がつながるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
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遠山啓『代数的構造』「第6章 構造主義」から派生して、鈴木健と坂口恭平の“建築”観の違いまで

 2つ前のエントリで触れた、遠山啓『代数的構造』[新版](日本評論社/1996年)の第6章について読んでいきます。中心テーマについては何度も書いてきたので、繰り返しになるかなぁ…と思いきや、後半では、いまだから書けることを書くことになりました。(^^)

 遠山啓『代数的構造[新版]』の章立ては次のようになっています。

   第1章 構造とは何か
   第2章 数学的構造
   第3章 群
   第4章 環と体
   第5章 ガロアの理論
   第6章 構造主義

 そして第6章は、次のように始まっています。
 最近“構造主義”が注目のまとになっているが,それは数学的構造が浅からぬ関係をもっているといわれているので,そのことに言及しておくことにする.
 これまで述べたように,数学的“構造”は現代数学のきわめて強力な武器であることがわかった。しかし,はたしてそれは万能であろうか.

 筑摩書房の『代数的構造』は1972年発行なので(2011年に文庫が出ているようですね)、だいたいそのくらいの時期の話なのではないかと推測しています。

 遠山啓は、時間的というよりは空間的である点に、「構造」の最大の特徴があるとしています。ブルバキが建築物にたとえたことからもわかるように、それは空間的であり静的である、と。そしてそこに、構造の限界を見出しているようです。

 空間的なものと時間的なものの対立を数学という学問のなかで考えるときに出てくるのは、微分積分学。それは誕生のはじめから時間的という刻印をおされていた、と。当然無限の問題に出会ったけれど、その無限はカントール(遠山啓はカントルと表記)の空間的な“実無限”ではなく、アリストテレスの時間的な可能性の無限であった()。
 そして微分積分学から始まった近代解析学も,やはりカントルが出現するまで長いあいだ可能性の無限の上に安定し得た.カントル的無限を考え出す能力が数学者になかったからではなく,学問の発展そのものがそれを要求しなかったからである,といってよいだろう.
(p.228〜229)

 以上は「6.1 空間的と時間的」のおおよその内容であり、次に「6.2 開いた体系,閉じた体系」と続いていきます。

 たとえば微分積分学で関数y=f(x)を考えるとき、その定義域ははじめから厳密に定義されているわけではなく、f(x)=a^x (aは正の実数)という指数関数を例にとっても、はじめのうち、xは正の整数に限られていたが、それが0や負の整数まで拡張され、さらに有理数から実数へ、実数から複素数へ拡張されていった。

 このように関数の定義域は必要に応じて、いくらでも拡張できるという本性をもっている。換言すれば微分積分学における関数の定義域はいちど定めたら未来永劫に変わることのない閉じた体系ではなく、必要に応じていくらでも拡張できる“開いた体系”なのであった、と書いています。

 こういう話をきくと、遠山啓が関数の“シェーマ”としてブラックボックスを提案したことも、なるほどねぇと思えてきます。関数を写像、対応関係でとらえるときに、2つの縦長楕円のなかにそれぞれ要素を示して、それらを矢印で結ぶような図が用いられることがあるかと思いますが(ウィキペディア:全単射など)、この図の場合、入力の要素と出力の要素をそれぞれ枠でくくってあり、それは“閉じた体系”のイメージです。しかしブラックボックスでは入力側の要素と出力側の要素を枠でくくる必要がなく、逆に、関数のほうが実体化しています。

 そして、微分方程式の解の定義域をはじめから見通すことは不可能であることや、複素関数論において、無限べき級数によって定義された関数が、収束円の外まで解析接続して定義域を広げていけることができる話なども示されています。

 さらにガロア理論も例として出てくるのです。ガロア理論では、はじめに定めた基礎体の枠を固守することが目的ではなく、それをいかに拡大していくかが目的となったのであり、典型的な代数的構造のひとつである体すらも拡大を余儀なくされる、という内容のことが書いてあります。「その意味では,構造を建築物にたとえたブルバキの比喩はあまり適切なものとはいえなくなる.」とも。

 そのあと、建築物といえども完全に空間的なものであるかどうか疑問だし、それをつくる建築家の眼からみればそれは時間的なものであり、どういう手順で造っていくかが重要になってくる、と話は続きます。

 また、手順、手続きは数学的にいうとアルゴリズムであり、アルゴリズムは時間的なものであること、数学はこのアルゴリズム的なものを決して排除することはできないこと、について触れています。

 さて、ここでいったん本を離れます。

 少し前にとりあげた鈴木健『なめらかな社会とその敵』に対する森田真生さんの書評において、建築の話が出されていました()。もう一度↓

http://honz.jp/23020より
複雑な世界とつき合うために、膜は世界の複雑さを縮減する。一方で、世界の複雑さをそのまま環境の方に押し付けてしまう、という手がある。認知的な負荷を環境に散らすために、自分でしなくて済む計算を、環境の方に押し付ける。自分で計算をする代わりに、環境がうまく計算をしてくれるように、環境を作り替えてしまう。これこそ、複雑さとつき合うために生命が編出した「第二の手段」であり、筆者はこれを、広い意味での「建築」と呼んでいる。

 鈴木健さんに関わる建築の話では、具体的な建築家として荒川修作がよく出てくるという印象があります(というか、そのほかの建築家の名をまだきいたことがない)。なお、鈴木健さんも森田真生さんも、三鷹天命反転住宅の元住人とのこと。

 一方、前回話題に出した坂口恭平さんは、建てない建築家です。モバイルハウスというものもつくっているのですが、これも“建てる”ものではありません。私にとって坂口さんの仕事は、究極というか根源的というかオルタナティブというかプリミティブというか、とにかくある意味で画期的、ある意味で本来的な建築家の仕事であるように感じられます。それは、空間を見出すという形で空間をつくるということ。あるいは、空間を見出したりつくったりしたりしている人を見出すということ。

 私は、鈴木健さんもphaさんも坂口恭平さんも、同時代のなかで生きていることをしみじみ感じているし、考えていることはほとんど同じだと思っているのですが、実際に採用している(採用しようとしている)方法が異なっていることが、ようやく見えてきました。だから、鈴木健さんの提案に大きな拍手を送りたいと思いながらも、どこかに不安を感じていたのだな、と。

 このあたりについては、生活ブログの「じわじわしみ出るパブリック」の後半でまとめてあります。つまり、森田真生さんの言葉を借りていえば、鈴木健の“建築”観は、人間の認知的負荷を散らすために環境を変えてしまうこと(具体的にはPICSYや分人民主主義といったシステムの実装)であり、坂口恭平の“建築”観は、人が自身の解像度を上げて空間を見出すことであり、したがって、環境やシステムは一切変える必要がないということになります(変わらなくていいということではなく“変える”必要がないということだと私は捉えています)。

 そしてこのことは、部分と全体、あるいは局所と全体に関わってくると思っています。実際、遠山啓の第6章、つまり「構造主義」についての語りの最後の部分ではピアジェの構造主義論が紹介されていて、「要素なき全体か、全体なき要素か、という問題設定そのものが誤りである」というピアジェの考え方が示されています。遠山啓は、「構造主義がややもすると陥りがちな硬直からそれを救い出して、その生産性を回復するために書かれたと思われる」として、ピアジェの構造主義論を紹介しているのでした。

(つづく)
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遠山啓の二重性を、ラッセルをかませて考える。

 以前、今後のためのメモ2/近代数学と現代数学というエントリで、遠山啓の提唱した量の理論には、二面性、二重構造のようなものをよく感じる、といったようなことを書きました(なんか整理されていないエントリで、自分で読んでても意味がよくわからないところがありますが^^;)。その後も、遠山啓の二重性の印象は深まる一方です。

 しかし、遠山啓に二重性を感じるということは、遠山啓の論が矛盾している、一貫していない、ということではない、と思えるようになりました。その人がそのときに、遠山啓の何を見たのか、という問題である、と。

 たとえば倉田令二朗は、「遠山啓の現代数学観は反圏論的」と述べました(※以前、このエントリのタイトルで「遠山啓は反圏論的」と書いていましたが、そう書いてはいけないと、いまになって気づきました)。遠山啓の現代数学観はすぐれて実体論的、<分解―合成>的、かつexplicit(明示的)であるという理由により。しかし私は、遠山啓の「現代数学観」および実際に展開された数学教育方法論はそうだったのかもしれないけれど、遠山啓自身の数学観、あるいは数学に望むもの、または「数学の未来像」は、けして反圏論的なものではなかったと思うのです。圏論についてはいまだよくわからないままに、予感として。

 そんなふうにして遠山啓はいろいろに見えること、ときには本人の意図せぬ色合いに見えることをいちばんよく理解していたのが、やはり森毅なのでしょう。>森毅が語る、遠山啓の思想の構図

 私は森毅のこのガイドで、以前より遠山啓のことが理解しやすくなりました。先のように二重性に出会っても、「どうしてだろう??」と首を傾げる必要がなくなり、「ああ、やっぱりね」と思えるようになったので。

 まだまだ二重性の例はあります。たとえば小島寛之さん。小島寛之さんは、遠山啓が数教育の方法論を模索してたどりついたのは、「ラッセル&フレーゲの自然数理論」だと書いていました。遠山啓の著作で確認したわけではなく、単なる憶測にすぎないが、銀林の教科教育法の講義の参考文献にラッセルの『数理哲学序説』があったことからみても、またラッセルの本の内容と遠山の方法の酷似から見ても、ほぼ確信に近い、と。>小島寛之が語る、ラッセル&フレーゲと遠山啓

 実際にそうだったのかもしれません。遠山啓はラッセル&フレーゲの自然数理論を参考にしたのかもしれません。しかし、だからといって、遠山啓がラッセルやフレーゲと同じ立場にたっていたのかというと、これまた短絡的に考えるわけにはいかないのだろうと思います(小島寛之さんもそう言っているわけではないのですが)。私自身は、遠山啓とラッセル&フレーゲを直結させる記述にはじめて出会って、あのときはびっくりしたのですが、森村修さんの(最初に見つけたほうの)論文を読んで、むしろ遠山啓は、量の理論においては、ラッセルと異なる立場にたっていたことを確認する思いがしました。

『多様体と微分法―田邊元の「多様体の哲学」(2)―「多様体の哲学」の異端的系譜(2)』森村修
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/6372/1/ibunka10_morimura.pdf

 この論文によると、ラッセルは「内包量」概念の存在を認めていなかったようです。ラッセルは、「量」を「外延量」とだけ考えていたらしい。そんなラッセルは、ライプニッツ-コーヘンの「内包量」に関する哲学的議論を批判したわけですが(20ページめ/p.106)、そしてまた、数学的思考から徹底的に形而上学的=超物理学的思考を排除する人でもありました(28ページめ/p.114)。ラッセルは、コーヘンのような考えは全く根拠のない「神秘主義」であると考えたわけですが、そういえばフレーゲも、数学に感覚や心理学を持ち込むことがイヤな人でしたね()。“も”と同じ括りにしていいかどうかわからないけれど、一応、論理主義というラベルでおおまかにくくってもいけないことはないのではないかと。数学にウェットなものを持ち込むのがいやな人たちなんだな、きっと。数学を、ドライにクールに明晰に。

 遠山啓は、どんなジャンルに対しても、「まったく興味がない」()と思ったことはないだろうし、特に哲学はいつも傍らにおいていたと思うのですが、そうでありながら、つねに数学者であったのだと思います。哲学から得たものも哲学の土壌で考えることはせず、つねに数学あるいは数学教育の土壌で考えようとした。だから外延量・内包量についても、哲学者の定義は厳密ではないとして、ワイルのそれを採用したのでしょうね。

 もしかすると、遠山啓の外延量・内包量の区別を生理的に受け付けない人は、実はラッセル&フレーゲの系譜に属しているのかもしれませんね^^。また逆にいえば、内包量・外延量の区別は、遠山啓&数教協“レベル”の議論に終始するものでもなさそうです。
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遠山啓の「外延量・内包量と微分積分」(1979年)を読んでいく (5)/内包量と微分積分

 遠山啓著作集<数学教育論シリーズ6>『量とはなにか−供‖深仝砧漫θ分積分』(1981年/太郎次郎社)に収められている、「内包量・外延量と微分積分」(p.78〜91)という文章を読んでいます。



 遠山啓は、「微分というのは,まさに内包量です」と語っています。しかし、小学校での内包量が均等分布という条件のもとでの内包量であるのに対し、微分というのは、この条件のない状態の内包量である、と。

 たとえばコーヒーに砂糖を入れて、スプーンでかきまわさない状態だと、均等分布ではないので、このコーヒーは甘いとか甘くないとかの判断は、上のほうだけをなめたのではいえない。ではどうすればいいかというと、この部分の甘さはどうか、あるいはこのへんはどうかというふうに、各部分ごとに異なる内包量をださざるをえない。これが微分である、と。

 速度でいえば、等速度で動いていない自動車は、ひじょうにスピードをだしているときは速いけれど(同語反復!?)、徐行しているときは遅い。一様変化という条件があれば等速度だけれど、その条件がなければ、各瞬間、各瞬間の速さというものを考えざるをえない。

 すると、その部分、つまり、ひじょうに小さい空間で、そこにはいっている物質の量をわり算せざるをえない。なぜなら、各点ごとにみんなちがうから。だから、小学校のときの内包量は均等分布しているときのもの、高校での微分は、その条件がないときの内包量と考えてよい。でも、内包量であることに変わりはない。というふうに、遠山啓は語っているのでした。

 ここからしばらくは、自分の意見を書きます。

 小学校2年生のかけ算の学習は、同じ数のものがたくさんあるということの状況-----りんごが3こずつのったお皿が5皿あったり、おかしが6個ずつ入った箱が4箱あったり-----を設定するところから始める場合が多いと思いますが、こういうふうに、「同じ数のものがたくさんある」ことがかけ算を生じさせる状況であると考えることは、「量の理論」をはなれても自然なことだと思います。

(なので私は、そのような「たくさんある同じ数=1あたり量」に注目させてから式を立てる「1つ分の数×いくつ分」の順序に、かつては違和感をまったく感じていませんでした。いや、いまもほとんどありません。だから、かけ算の順序固定問題がこんなに盛り上がるまでは、どうして反対派がここまで目くじら立てるのかわからなかったのです。だけど、世の中にはこの順序にとことんこだわる人がいるらしいということがわかってきて、いろいろな事例を知り、指導書のびっくりするような記述をweb上で読み、確かにかなり妙なことになっているな・・・と思うようになったのでした。)

 そして、「量の理論」とつなげて考えてみた場合、まさに小2のかけ算における「1あたり量」は、「均等分布の内包量」といえます。整数の場合はもともと人為的な数値の場合が多いので(同じ数ずつ分ける、同じ数ずつ入っている等)、あまり意識することもないのですが、これが小数や分数になると、がぜん均等分布された内包量の意味あいが強くなってきます。こどものちかく「小数×小数」を、針金の長さと重さで学ぶ意味でも書きましたが、針金の長さと重さを使うことはあっても、大根やごぼうの長さと重さは題材に使うことはないと思うのです。

 つまり、かけ算の問題の題材は、大抵なんらかの比例関係を前提にしている。別の言い方をすれば、かけ算が使える場面には比例関係が生じる可能性がある。そうしてA×B=Cの形をしたかけ算の式がy=axという比例の式へと発展していき、これが小6〜中1の数量関係の学習の内容になっているのだと思います。

 遠山啓の文章にもどると、均等分布していない場合は、それぞれの小さな部分のなかだけでは均等分布になっていると考えてよいので、各部分の砂糖の濃さは、それぞれの部分に溶けている砂糖の量をその部分の容量でわればいい、場所によってちがってはいるが、それぞれの小さな部分の範囲内では、こんなふうにほぼ三用法が成り立つ、というふうに説明しています。そして全体の砂糖の量は、各部分の濃度に容量をかけるとわかる、というわけです。

 遠山啓は数値で具体例を示してはいませんが、食塩水でおおざっぱに考えてみると、たとえばコップのなかの食塩水300gを100gずつA、B、Cの3つの部分にわけ、順に濃度が2%、5%、8%だとすると、含まれている食塩の重さは(あえて“濃度に容量をかける”形で書くと)、A・・・0.02×100=2(g)、B・・・0.05×100=5(g)、C・・・0.08×100=8(g)となり、全体の食塩の量は2+5+8=15(g)です。つまり、「かけて、たす」。これが積分であり、いわゆる内積である、と。そして、内積というのは、たんに小学校や高校ばかりでなく、数学という学問全体を貫いている大きな柱の一つだとも言っています。

 微分というのはその反対なので、「ひいて、わる」。上着を先に来てコートを着たとき、コートを脱いでから上着を脱ぐように、「かけて、たす」の逆は「ひいて、わる」ということになる。「ひく」というのは部分化するということなので、全体をみるかわりに、その一部分だけに目をつけるということ。

 「だから,小学校の内包量をしっかりとやっておかないと,微分がわからない」と遠山啓。小学校の力で、すぐに高校微分を習ってもいい、とも。

小学校でも,内包量は微分積分へつながるのだということを頭にいれて,ていねいに教えたほうがいい。つまり,子どもが爛好廖璽鵑任きまわさないときはどうなるのか瓩伴遡笋靴討たら,爐修譴蓮い泙世澆鵑覆砲呂爐困しいけれど,高校にいって,微分積分というのをやると,よくわかる瓩氾えてやったら,子どもたちははやく高校生になりたいという期待をもつでしょう。

 (p.89)

(ある先生のわり算についての授業で、「この計算の証明は、いまはできないけど、中学にいったらできる」といったら、子どもたちははやく中学生になりたいといいだした、というエピソードも紹介されています。)

 「いまこうしておかないと、あとで困る、あとでこれができなくなる」というのはよくきく話ですが、だいたい数年単位の話ではないでしょうか。小2の学習の大切さの根拠を小3に求めたり、低学年の根拠を中学年・高学年、中学年の根拠を高学年に求めたり。もし、小2のかけ算の順序をとても大切にする先生がいて、「これができないと高校の微分積分でつまずきます」とまで言える先生がいたら、その先生は遠山啓の「量の理論」の影響を受けている可能性が高そうですね。でも、そういう先生、どのくらいいるだろうか・・・? 微分まで持ち出す先生って。逆のパターンもあるかもしれませんね。小2でかけ算の順序を固定して教えられると、伝票の書き方もわからない非常識な大人になる、と。

 とにもかくにも、当初はどうであったかわらないけれど、最晩年の遠山啓にとって、「内包量」は「量の理論」を貫く重要な概念であったようです。それが均等分布であるときは比例定数であり、その原型はかけ算の「1あたり量」であると考えていいのではないか、と個人的には思っています。はっきりそうは書かれていませんが、少なくとも、「総量/容量=内包量(1あたり量)」という式は示されています。ほんとうはこの「1あたり量」を「単量」と言いたかったらしいし。

 この文章は遠山啓が直接書いたものではなく、講演速記なので(原稿チェックは本人がしたのだろうか?)、文章として書き起こしていたらまた少しちがった内容になっていたかもしれませんが、最晩年の考えを知る資料があってよかったなぁと思っています。
 
 なお、文章の最後では「わり算をすると,値が大きくなる」ということについて書かれてあります。その日の高校部会で、xというひじょうに小さな量で、yというひじょうに小さい量をわるというのがひじょうにむずかしい、という話が出たようで、そのことに関連して。これも、小学校でとくにていねいに教えておいたほうがいいだろう、と遠山啓は言っています。かけ算でも、たし算でも、ひき算でも、小さい量をあつかうときには小さい量にはならないが、わり算だけはべつである。小さい量を小さい量でわると、ばかに大きくなることがあることを、いろいろな実例でしっかりと把握させておいたほうがいいと思う、と。たとえば、コップのなかの食塩水は太平洋の海水よりもからいことがある、というのもひとつの例だとしていますが、ここでまた「内包量は感覚でとらえらえる」にもどるようです。
(が、y÷xのむずかしさは、そういう問題じゃないんじゃなかろうか?)

 あと、ノミの跳ぶ高さと身長の話や、アリがものを運ぶ力と体重の話などが、人間との比較で語られていて苦笑しました。教科書にのっていたカエルの跳ぶ距離と身長の話の原形がこんなところにあったぞ〜と(もちろん、偶然なのでしょうが)。こういうようなことを、いろんな例で体験させておいたほうがいい、そうしておかないと、将来、微分にいったときに困る・・・と遠山啓はいっています。こういう言い回しをきくと、「ぼのぼの」のアライグマくんを思い出すのでした>

 やはり遠山啓にとって、「わり算」は特別なものだったようです。森毅と意見がわかれたというのも、納得()。

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遠山啓の「外延量・内包量と微分積分」(1979年)を読んでいく (4)/「量の理論」に対する個人的な想い

 遠山啓著作集<数学教育論シリーズ6>『量とはなにか−供‖深仝砧漫θ分積分』(1981年/太郎次郎社)に収められている、「内包量・外延量と微分積分」(p.78〜91)という文章を読んでいます。



 そして話は、「内包量と微分積分へ」と入っていきます。ここを読んでいると、『数学の目・算数のすがた』(瀬山士郎/日本評論社/1993年)の第1章を思い出します。なお、『数学の目・算数のすがた』のブック・ガイドで示されている本は、森毅『微積分の意味』(日本評論社)と田村二郎『微積分読本』(岩波書店)です。

 遠山啓のこの文章は、東京地区数学教育協議会合宿研究会での講演速記とのことですが、講演が行われた日は、高校部会で微分積分をどう教えるかということが中心テーマだったのだそうです。「まさに、微分を教える困難は内包量を教える困難であり,小学校から内包量をしっかりと教えておかないと,高校で微分がわからない,という結論になったようです」と書いてあります。

 先に自分の意見を書いておくと、高校ではどうかわからないけれど、少なくとも小学校に関していえば、小学校で内包量をしっかりと教えることが高校での微分積分の理解につながるとは到底思えません。データをとって統計的にそう思っているわけではなく、感覚的に。内包量に限らず、遠山啓あるいは数教協のこの基本認識に、私は賛同できないのでした。

 それなのになぜこんなに遠山啓にこだわっているかというと、私は遠山啓の思想と数学観に興味をもっているからです。「自然」と「社会」につながる、開かれた動的な数学に興味があるからです。「自然」と「社会」をさらにまとめれば、「生きていること」といってもいいかもしれません。生きていることと直結している数学。それを感じさせてくれるひとりが、遠山啓だからなのでした。

 そのことと、実際にカタチにされた数学教育論、吉本隆明に“徒労にも似た”と言わしめた()数学教育の方式の創設と実行とは、別の問題だと思っています。だからときどき、遠山啓や数教協を批判するようなことを書いています。私が疑問をもっているのは、昔の数教協の系統学習的発想であり、その後の数教協の教条主義(のようなもの)であり、算数・数学教育を「教える立場」から考えようとする基本姿勢なので。

 あれは、20代後半か30代前半くらいのこと(1990年代半ばくらい?)だったと思いますが、久しぶりに数教協の全国研究大会に行ったとき、母に、「数教協の大会って10年に1度行けばいいね」と皮肉を言った覚えがあります。なんにもかわっていなかった。時間がとまっている。そのときだったか、それより以前だったかは忘れましたが、分科会にブラックボックスで関数を学んだ若い教師が参加していて、しかしベテランの先生たちはあいかわらずブラックボックスを画期的なものと思っているらしく、その対比をまじまじと眺めたことがありました。また、特殊な例ではありましょうが、「8+7」をめぐる個人体験について、水道方式にまつわる個人的な思い出で書きました。いまはそんなことないかもしれないけれど、一時期、「数教協という組織への帰属意識」に重きをおいていた教師は、きっといたと思うのです。

 そういうなかで育まれてきた方法論は、ある種の問題を抱えざるをえないと思うわけであり、そのようなもののために、遠山啓の思想や数学観さえも捨て去られてしまうのは(というか、そもそもほとんど理解されていないのではなかろうか・・・)、とてももったいないと私は思っています。

 1980年代初めに、森毅はこんなことを書いていました()。

じつは,雑誌『ひと』で「遠山啓論」を公募しようかという案のあったとき,ぼくは時期尚早という説だった.予想としては,「チャチな遠山批判」と「フツウの遠山賛美」が来て,相対的にマシな「賛美」のほうをとりあげる結果になっては,あまりにも品がないからだ.しかし,これから本格的な「遠山啓論」の出てくることを,期待している.

 その状況は、水で薄めた状態でいまも続いているのかもしれません。ただし、フツウの賛美ももうなくて、それと知らないまま、あたりまえのこととして無自覚に残像を身に纏っているか、批判のための批判のどちらかでしょうか。その双方が、同じものを見ているように私には思えます。「かけ算の順序問題」が右と右の戦いに見えるのと()似ているかもしれない。私が見たいものは、もっと別のものなのでした。

 個人的な意見がだいぶ長くなってしまいました。

 長くなったので、ここでいったん投稿します。

(つづく)

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遠山啓の「外延量・内包量と微分積分」(1979年)を読んでいく (3)/内包量の新しいシェーマ

 遠山啓著作集<数学教育論シリーズ6>『量とはなにか−供‖深仝砧漫θ分積分』(1981年/太郎次郎社)に収められている、「内包量・外延量と微分積分」(p.78〜91)という文章を読んでいます。



 外延量・内包量の歴史、内包量は感覚でとらえられるという話を経て、次は実数の二重構造の話なのですが、ここは割愛して、次の「内包量のシェーマ」にうつります。シェーマというのは数教協のなかでよく出てくる言葉で、構造の理解を容易にするような感性的な思考のモデルのことですが、それは“図”や“教具”の意味ではないということが、この文章のなかでの遠山啓が使うシェーマという言葉によくあらわれていると思います。

 遠山啓は、内包量のシェーマとしては、“混みぐあい”や“濃さ”とかがいちばんいい、としています。そして、これまで“繰り返しいっている”(本人談)量の2通りの区別を、“広がり”と“中身”という言葉にかえて話を進めていきます。文章の流れからいくと、外延量・内包量の話から始まり、割愛した部分で度・率がちょろっと出てくるものの、これから区別される“広がり”と“中身”は、「外延量・内包量」、「度・率」でもなく、この文章では一切触れられていなくて、突然出てきているもののように感じられます。なお、ぱっと見、「外延量=“広がり”」「内包量=“中身”」と思いたくなりますが、そうではないことが読み進むうちにわかります。

 “広がり”というのは、箱の大きさとか、部屋の大きさとか、運動場の広さのように、なかみは空っぽだけれども、自由に出たり、はいったりできる空間量。われわれの世界というのは、まず空間があって、そこへ「もの」が入って、その「もの」がいろいろに動いたり、変化したりしている。空間のなかに物質がつまっている。

 そうすると、ある空間、ある容れもののなかになにかが入っているときの“混みぐあい”、あるいは“濃さ”がいちばん典型的な内包量だといえる。遠山啓は、「いままでも,電車という容れもの(空間)のなかに人間(物質)がどれくらいつまっているかということで導入してきたわけですが,これは,そういう意味でたいへん正しいといえます」と書いていますが、現在の教科書では、“混みぐあい”は、人口密度のようなものを考える場合には「単位量あたりの大きさ」(度/異種の2量の商)となり、定員数に対する乗客数として考える場合には、「割合」(率/同種の2量の商)の領域になります。そして、濃度は「率」です。内包量のシェーマとして、「度」と「率」の両方が含まれていて、しかも区別されていないことになります。

 このあと続く議論(1次元空間は子どもには逆に考えにくい話など)をとばして、さらにその次の「内包量の新しいシェーマ」にうつりますと、遠山啓は、内包量には「密度=質量/体積」や「速度=長さ/時間」などがあり、それぞれに異なる呼び方があり、みんなちがうわけだけれど、共通なものとしてどんなことばを使ったらいいかということについて、新しい提案をしています。それは、空間の“広がり”を表わすのに“容量”というのはどうか、それから、わられるほう、分子にあたる部分が“総量”。

     総量/容量=内包量(1あたり量)

 この“1あたり量”を“単量”といいたいのだけれど、ちょっと抵抗があるから、内包量はそのまま従来どおりの呼び方にするとして、このように、一般性のあることばを使ったらどうかと思うとして、三用法を次のようにまとめています。

     内包量=総量÷容量-----第1用法
     総量=内包量×容量-----第2用法
     容量=総量÷内包量-----第3用法

 「これは新しい提案ですから,おおいに賛否両論をだして検討してみてください。名まえなどどうでもいいようなものですが,改良の余地があったら,改良したほうがいいでしょう」と遠山啓は言っていますが、もちろん、こんなことばを子どもに伝えるとわかるものもわからなくなるのでやめたほうがいいと思うし、さすがに大人にとっても、「総量」と「容量」はわかりにくい言葉だな…と思います。

 それはそうとしても、あらためて、この総量・容量という量の2通りの区別を、これまで分類されてきた量のどれに相当するかを考えてみます。内包量は別に示されているので、外延量・内包量の区別ではなさそうです。もちろん度・率の区別でもない。これまでの三用法に照らし合わせると、総量・容量ともに外延量にならないとヘンです。おそらく、「容量」のほうが「土台量」(基底外延量)(参照1参照2)と呼ばれるものなのだろうと思います。

 さらに先を読んでいきますと・・・
小学校2年生で,かけ算を整理するときにも,このようにしたほうがいい。たとえば,
     2×3
を教えるときに,いままではウサギが3匹いて,それに耳が2こずつついているとしていたのですが,しかし,あれはウサギという容れもののなかに耳がはいっているわけではありません。ウサギのからだに耳がついているのですから,ウサギを容れものとは考えにくい。容量とは考えにくい。あれは,ほんとうは生きたウサギではなくて,ウサギのお面をつくるのに,部分品としての耳が2ついるという意味だったのです。お面だったのがだんだん誤解されて,生きたウサギになってしまった。生きたウサギは,子どもにとってたしかに親しみやすいから,最初にでてくるものとしてはいいのですが,シェーマとしてはあまりうまくない。やはり,2×3のシェーマとしては,1箱になにかが2つずつはいっているものの3個分瓩箸靴燭曚Δわかりやすい。箱だったら容量ですから,この先,ずぅっとこのシェーマでいくことができます。そういうように考えたほうがいいのではないか。それで,こんどの『わかるさんすう』(麦書房)の改訂では,この方針にそって変えたわけですが,みなさん,だいぶ反発されたようです。おおいに反発してくださって結構です。意見をだしてくれないと,議論は発展しませんから。
しかし,シェーマとしてはこのほうが発展性がある。2×3の3のほうは容量といったほうがいい。だから,2のほうはタイルで表示するけれども,3のほうは箱になっているのです。このようなシェーマでかけを定義するのです。いままでの
     爛織ぅ襦潺織ぅ覘
というのは,子どもにはなかなかわからない。
     牾葦篶漫潦葦篶稔
という計算は,面積などにたしかにあるわけです。しかし,それは一般性をもっていなくて,ひじょうに特殊なものです。それで,やはり,
      総量=内包量×容量
という考えに変えたわけです。
 (p.86〜87)

 このあとは、2×0をどうするかという問題について語られており、箱の場合は「0×0」になってしまうので、シェーマとして箱で導入して、2×0の場合は、またウサギに具体化してもいいのではないか、という話も出てきます。そのへんは、子どもに教えてみて、反応をみてみないとわらない、やり方を変えると、また新しい問題もおこってくるわけです、というふうに。なお、上記引用部分については、過去に、ゼロの認識にも、1あたり量の認識にも、「容器」がいるでも書いています。


(つづく)
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遠山啓の「外延量・内包量と微分積分」(1979年)を読んでいく (2)/内包量と感覚

 遠山啓著作集<数学教育論シリーズ6>『量とはなにか−供‖深仝砧漫θ分積分』(1981年/太郎次郎社)に収められている、「内包量・外延量と微分積分」(p.78〜91)という文章を読んでいます。



 内包量の歴史が浅いことを示したあと、遠山啓は、その内包量というものは感覚でとらえられるのだ、ということを強調しています。例として、海水の塩からさをあげています。外延量は“広がり”なのでそうとう歩きまわらないとわからないけれど、内包量は狭いとこにとどまっていてもすぐにわかる、太平洋の海水の塩からさを知るにも全部の水を飲んでみる必要はなく、一部を飲んでみればそれでわかる、と(ただし、それが可能であるためには、太平洋の海水の濃度は一様であるという前提が必要になってきます)。

 つまり、内包量は、計算を前提としていない。2つの食塩水の濃度を比べるには、なめていればいいわけで、とくに計算は必要ない。ただ、両方の食塩水の食塩と水の量がわかっているときには、いわゆる“1あたり量”を計算してみれば、なめないでも、どちらがからいかということがわかる、と。

 内包量に対しては、近畿地区の数教協(略称:近数協)とのあいだでずいぶん論争があったそうです。数教協の内部でも、少なくとも当時は、いろいろと批判や議論があったわけですよね。遠山啓いわく、いままでの伝統的な速度の定義は、“距離を時間でわったもの”、つまり「速度=距離÷時間」というものであり、近数協もそう定義するだろうけれど、私はそうではないと思う、そういう定義は子どもにとってひじょうによそよそしいものである、速度にしても子どもたちはまず感覚でとらえる、と。自動車より飛行機のほうが速い、ハトよりツバメのほうが速いということを、子どもたちは生活経験のうえからすでに知っており、それを数値化するときにわり算がいるというだけのことで、出発点はあくまでも人間の感覚である…

 生活単元学習批判の頃からだいぶ時間がたっているわけですが、「生活単元学習=子どもたちの感覚や生活経験を重視」ということではないにせよ、やはり時の流れは感じます。しかし遠山啓としては、一貫しているのかもしれません。

 そして、速度を数値化するときには、かならずしもわり算は必要としないとして、自動車の速度計や飛行機の速度計の例を出してきます。液体の濃度なども浮きばかりを使えばわり算をしないでもでてくると思う、と。

 せっかくなので、ちょっと調べてみましたが・・・よくわからず・・・(涙)。

■スピードメーターの構造
http://www.geocities.jp/adatthi/Cyukosu.htm

■(ウィキペディア) ピトー管
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%88%E3%83%BC%E7%AE%A1

このように,速度にしても濃度にしても,かならずしも,わり算を経なければ測定できないというものではありません。つまり,内包量というのは感覚で知ることのできる実在した量であって,それを知る一つの手段としてわり算が使われているというだけのことです。

 (p.81)

 遠山啓は、内包量をわり算したものとして定義したのでは、子どものほんとうの感覚とつながらない、感覚とつなげたほうが子どもにとってずっとよくわかるし、そのほうがしぜんであると思う、数学というのは、あとからはいってくればいい、と語っています。とにもかくにも、遠山啓にとって、内包量は「定義されるもの」ではないらしいです。外延量も、内包量も、「実在」している。したがって、遠山啓にとって内包量は、はじめから存在しているものであり、感覚的にとらえられるものであり、しかし計算するときにはわり算が必要であり、結果的に、内包量はかけ算・わり算の説明に便利、ということになるような気がします。



 内包量を感覚とからめた話をきいていると、ユクスキュルのことを思い出します。
■生物、人間、量と法則のからみあい
■強度世界と内部観測、ゼノンの告発


(つづく)

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遠山啓の「外延量・内包量と微分積分」(1979年)を読んでいく (1)/外延量と内包量の歴史

 先日、遠山啓著作集<数学教育論シリーズ6>『量とはなにか−供‖深仝砧漫θ分積分』(1981年/太郎次郎社)に収められている、「内包量・外延量と微分積分」(p.78〜91)という文章の前半部分を要約して投稿しました。へたに引用したり部分的に要約して自分の意見をからめていくよりも、まずは最晩年の遠山啓のこの考えを、そのまま要約してみたかったからです。しかし、やはりけっこうな分量になってしまうので、全文を要約するのはやめて、少しずつ読んでいきながら、新たに知ったこと、自分が考えたこと、感じたことを書いていくことにしました。

 この文章は、東京地区数学教育協議会合宿研究会での講演速記とのことです。実際、語りかけているような、やわらかい文面になっています。遠山啓が亡くなった1979年の文章なので、遠山啓の最晩年の考えと思ってよいのでしょう。もちろん、いまの時代を生きていたら、遠山啓はまた別のことを語っていたように思います。

 遠山啓はまず、外延量と内包量とでは、その歴史の長さがまったく異なっているというところから話を始めます。外延量というのは長さや面積・体積などの“大きさ”や“広がり”を表わす量のことであり、数千年まえに登場している。これに対して内包量はたいへん新しく、ヨーロッパにはじめて登場したのはおそらく12世紀や13世紀ごろで、イギリスの当時の学者たちが考えだしたといわれている、と。

 この12世紀や13世紀のイギリスの学者とはだれ(たち)だったのか、ちょっと調べてみたのですが、いまのところだれ(たち)をさしているかの見当はついていません。なお、内包量については温度を例にとって説明してありますが、例にとって説明しているのか、温度から内包量が始まったのかはよく読みとれませんでした。温度や熱力学は遡っても16世紀がぎりぎりという感じで、12世紀や13世紀のオックスフォード大学、ケンブリッジ大学(←できたばかりの頃ですね)で何が起こったのかはよくわからず。哲学方面でも、二コル・オレムは14世紀でしかもフランスだし…(←遠山啓のこの文章は1962年に書かれています)。

 ちなみに英語では、外延量を extensive quantity、内包量を intensive quantity というようで、内包量は日本語では“強度”と訳していると遠山啓は書いています。私もこの言葉を見かけることがありますが、いまの(?)熱力学でいえば extensive quantity が示量量、intensive quantity が示強量ということになるのかもしれません。“量”がつくことはあまりなくて、示量性・示強性、示量変数・示強変数という言い方をすることが多いのでしょうか。

 ただし、ウィキペディア:によると、
銀林と遠山らにより考案され日本の小学校算数教育で使われることのある分類概念である[8][9][10]。熱力学で使われる示量変数 (extensive variable) および示強変数 (intensive variable) と発想が似てはいるが別の概念であり、自然科学一般分野や社会科学一般分野、日本国外ではこの分類概念はほとんど使われていない(外部リンクの英語版wikipedia「量」の項参照)。英語へは、外延量はextensive quantity、内包量はintensive quantityと訳されるが、この言葉は英語では熱力学で使われる示量変数および示強変数と同義語である(外部リンクの英語版wikipedia「物理量」の項参照)。
なんだそうです。最終的に別概念になったことは考えられるけど、最初から別概念だったわけではないのではないか・・・といまは思っています。 
 
 とにもかくにも、遠山啓いわく、外延量と内包量のこの歴史の違いは、内包量がいかにむずかしいかを示している、と。

 で、遠山啓がこの外延量・内包量というものを提案したころは、数教協の内部でもひじょうに評判がわるかったようです。「なんでそんなにめんどくさいことをいうの?」という印象は、数教協の内部でも当初からあったようですよ。しかし遠山啓は、この視点は数学教育の体系をたてるのにどうしても必要だと考えました。それはなぜかというと、実数の計算は加減と乗除という異質の二重構造をもっており、外延量・内包量ということを考えないと、この二重構造の満足な説明ができないから、という理由においてでした。つまり、遠山啓にとって、この区別は説明原理であったことがわかります。


(つづく)
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自称「数教協の落とし子」の私は何をすればいいのでしょうか。

 「比的率」は外延量という考え方(13)/円周率のことを投稿した頃、私は、いま小学校の教科書で起こっていることは、数教協のせいじゃない、数教協のせいにされちゃたまらん、と感じていました。しかしその後、次のページを知りました↓
http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/05/page5_20.html

 啓林館のページです。もろ、数教協です(“率”が“度”の上にあるところが微妙だけれど、遠山啓もこの順序で書いていることがあるし・・・)。数教協の重鎮の先生方ーっ、ご存知でしたか!? っていうか、いつのまにそういうことになってたの?? 以前、チェックしたときに、まだ頑なにタイルを拒絶していたような印象をもっていたのだけれど・・・それももう、かなり昔の話なんだろうか。

 ちなみに、「単位量あたりの大きさ」で二重数直線を使っていないのは、検定教科書では啓林館だけだったと記憶しています。

 心配するまでもなく()、量の理論、バリバリに健在じゃないですか…

 上記のページから、ここも知った↓
http://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/sansu/WebHelp/06/page6_10.html

 ふーむ・・・ 

 そういえば、いまの教科書では(?)「速さ」だけ別立てなんですよね。



 ところで、前回の話の続きなのですが、三角形の底辺の長さを4cm、高さをxcmとしたときの面積をycm^2としたとき、y=(きまった数)×x と y=x×(きまった数) のどちらで書けばいいのでしょうか・・・



 自称「数教協の落とし子」の私は何をすればいいのか、どこからどう手をつけたらいいのか、途方に暮れておりまする。

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