TETRA'S MATH

数学と数学教育

明治14〜18年の算術教科書における比例の扱い

 最近、「異乗同除」という言葉を知りました。中世ヨーロッパの商人が使っていた三数法は、中国・日本では「異乗同除」として定式化されていたのだそうです。

 で、「異乗同除」で検索をかけていたら、次の論文を見つけました。

中西正治著 『比例の取り扱いについて(2)明治14年(1881年)から明治18年(1885年)までの算術教科書を対象にして』
本文

 これまで見てきた日本の教科書は1900年代に入ってから、つまり国定制度になってからの内容だったので、その前はどうだったのかを知るというのはとても面白いです。まだ内容を詳細には読んでいないのですが。高橋誠『和算で数に強くなる!』の終章を開きつつ時代の流れを考えています。和算が消滅したのが明治20〜30年頃だとすると、明治14〜18年というのは、和算から洋算にシフトする少し前、あるいはまさにシフト中ということになるでしょうか。
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メタメタさんのブログに関連エントリ発見!

 わぉ、メタメタさんが「構造と素子」に関係するエントリを書いておられます!

たかがかけ算されどかけ算、または「からす算」そして「構造と素子」のこと

「からす算」あるいは「構造と素子」のこと
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無花果人参

 いちじく、にんじん、さんしょにしいたけ、・・・という数え唄がありますね。地域によっていくつかバージョンがあるんだろうな。そうえいば、平方根を「一夜一夜に人見頃」「人並みに奢れや」「富士山麓オウム鳴く」と覚える方法もありましたか。これは、いち(ひと)、に(じ・ふ)、さん(み)、しい(よ)、・・・というふうに数字の「音」をもとに言語化したものですが、「意味」からくる数字の言語化は日本にもあったのだろうか?

  ヴァン・デル・ウァルデン『数学の黎明』(p58)によると、インドの天文学者は正弦表の全体を韻文形式で暗記していたそうです。

 1に「月」を対応させて
   (月はひとつしかないから)
 2に「目」「腕」「翼」を対応させて
 3に「火」を対応させて
   (神話に3つの火のことがあるから)
   または「兄弟」を対応させて
   (ラーマが3人の兄弟を持っていたから)

 なので、「1021」は、小さい位から次のように表していたそうなのです。(以下、アルファベット表記は不完全なものです。)

    sasi―paksa―kha―eka
    月   翼   孔   一
    1   2   0   1

 このあたりについては林隆夫『インドの数学』(中公新書)に詳しく書いてあることを最近知りました。まだ読んでいなかったので、近所の図書館に取り寄せて借りてきたのです。この本すごい。

 この本の中でいえば、いま私が興味をもっているのは「単語連想式表記法」ということになりそうです。たとえば64800の場合、こんな感じです。↓

  sunya―ambara―asta―lavanoda―satka
  空虚  空   八   海   六
  0   0   8   4   6


 「0」にあてられていた単語の例は、次のとおり。

     空(そら)(abhra,akasa,kha,・・・)
     雲(jalada,megha,・・・)
     空虚(sunya)
     充満(purna)
     点(bindu)

 どの言葉が選ばれるのかは、リズムとか意味とか覚えやすさとか、そういうもので決められていたんでしょうかね? 空虚と充満という、一見相反する言葉が含まれているのが面白いです。「0」にあてられていた言葉が複数あって、スーンヤはそのひとつにすぎないとなると、確かに山下正男さんがおっしゃっるように()、ゼロという言葉の起源はスーンヤではないかもしれないなぁ。

 あと、刻まれるものの材質と「点」「小円」の関係()もこの本に書いてありました。(p30)
 中黒の点を書くか小円を書くかは、伝統や慣習または個人の好みによるとともに,おそらく刻まれるものの材質にも影響を受けている。銅版は中黒の点よりも中空の小円のほうが刻みやすいが,石材はその逆である。ターラパトラ(貝多羅葉)に鉄筆の場合も、銅版と同じであろう。一方、ターラパトラにせよブールジャパトラ(樺の樹皮)にせよインク(墨)の場合は点でも小円でも大差ない。
 とにかくこの本を読まなくちゃだった。でも、いまはとても読み込めそうにないなぁ〜 いつかの日か帰ってきまーす。
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<続>涅槃寂静のサイズ

 きのうの記事で「ヨクトグラムは原子のオーダー。やっぱり、涅槃寂静は遠いねぇ」と書いたものの、なんだか気持ちわるくて考えなおしてみました。実は「原子」ときいて意外と大きいと感じたのが正直なところではなかったか。それは実際の原子のサイズからくる印象ではなく、中学生のころから知っている知識→古くからある概念→けっこう大きい、という発想ではなかったか。ちなみに、最後にメートルではなくグラムで考えたのは、ヨクトメートルをオーダーとする世界を見つけられなかったから。

 で、もう一度、数式と図と言葉と、“わかりやすさ”でリンクさせていただいた次のページを眺めてみました。

  インターネット講座2004 「宇宙から素粒子へ」
  >第1回 序論:宇宙から素粒子への階層構造

 そうしたら、涅槃寂静は遠いのか近いのかという前に、10^(指数)の形でこれだけのスケールを表現できることのすごさが、あらためて迫ってくる感じがしました。
原子核を構成する陽子や中性子は、クォークとよばれるものでできていますが、これらは今のところさらに小さい構造がみつかっておらず、すなわち「点状」とみなされています。
 インド風に、「・」をビンドゥ、「○」をスーンヤとよんでみたとき、中に構造がないということはビンドゥであるのか。中に構造のないスーンヤは存在しないのか。中に構造がないのに大きさがあるということはありえないのだろうか。

 ウィキペディアによると、超弦理論とは、「物質の基本的単位を大きさが無限に小さなゼロ次元の点粒子ではなく1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に超対称性という考えを加え拡張したもの」とのこと。

 もし、ユークリッド幾何学というものがこの世になかったら、宇宙はちがうものになっていたかな?
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涅槃寂静のサイズ

 漢数字の命数法を大きいほうから小さいほうへと並べてみたとき・・・


 無量大数、不可思議、那由他、阿僧祇、恒河沙、極、載、正、澗、溝、穣、禾予(じょ)、垓、京、兆、億、万、千、百、十、一
                 ◆
 分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊、逡巡、須臾、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静


 ふと、◆に0をおいている感覚になっていることに気がつきました。左右にのびる数直線の、右側遠方から、左側遠方への動きを感じている。違うのに。

 涅槃寂静は10^(−24)。指数は負の数だとしても、数としては負の数になれない。そう思うと、涅槃寂静はほんのすぐそば、指先の細胞の1つにあるような気もしてきます。でも、細胞サイズでやっとマイクロメートル。

 d(デシ)、c(センチ)、m(ミリ)、μ(マイクロ)、n(ナノ)、p(ピコ)、f(フェムト)、a(アト)、z(ゼプ)、y(ヨクト)とさかのぼってみて、たとえばyg(ヨクトグラム)は原子のオーダー。


 やっぱ涅槃寂静は遠いねぇ。


 ん? 場所じゃないか。

<続>涅槃寂静のサイズ

[2016年1月10日追記] 過去に、涅槃寂静は10^(−26)と書いていましたが、10^(ー24)ですね。失礼いたしました。
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逡巡

 数学とは関係のない話で「逡巡」という言葉を調べていたら、あれま、これって10^(−14)のことなのですね。見たことあるだろうに頭に入っていなかった。

 分、厘、毛、糸、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠、模糊、逡巡、須臾、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静

 なぜ、「逡巡」と「六徳」が入っているのだろう?

 この2つの言葉の間は、なんだか時間的ですね・・・
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古代インドの宇宙観から、なぜか雪へ

 もともとは、古代インドの宇宙観である須弥山(しゅみせん)のことを検索してたんです。

 飛不動尊 龍光山正宝院 > 須弥山 ・ 須弥山の詳細
(それにしても、こういう発想および寸法は、いったいどこからきたんでしょうかねぇ!)

 そして、三千大千世界の「千」っていったいなんだったのだろう・・・と興味をもったのです。

 ほんでもって、ものは試しで「三千大千世界 なぜ千個」で検索をかけたら、松岡正剛「千夜千冊」の第千話『良寛全集』(上・下)にたどりついたの。

・・・それで選んだのが、次の歌である。

   淡雪の中にたちたる 三千大千世界(みちあふち)
   またその中に 沫雪(あわゆき)ぞ降る

 この一首を措いて、「ぼくの良寛談義はこの一首に始まり、この一首で終わる」と書いた。そうしたら、そのとたん、すべてが良寛に舞いこみ、そこから立ち上がって、雪のように舞い散ってくれたのだった。
  「千夜千冊」の第1000夜が『良寛全集』であることはだいぶ前に知っていたのですが、第1夜が中谷宇吉郎『雪』であることはわりと最近知って、「へぇ、そうなんだ〜」と思ってました。その少し前に池内了『ヤバンな科学』を読んでいて、中谷宇吉郎さんの話が出てきていたので。そうしたら、吉田洋一さんが『零の発見』を書いたのも、中谷宇吉郎さんにすすめられてのことというじゃないか。みんなつながっているのね。



 こんなペーパークラフト発見↓
 望月印刷株式会社古代インドの宇宙観
 
 
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江戸っ子の円の分割

 高橋誠『和算で数に強くなる!』で最初にびっくりしたのは、p33の図(の解釈)です。『量地指南後編』(1797年)にある磁石の図が2種類掲載されているのですが、同じ図をweb上でも見ることができます!

 東北大学和算ポータル>量地指南後編一覧3132

 上記32の図を見て、何かに気づいた人は、きっと『和算で数に強くなる!』を読みたくなるはず(^^)。2つの観点でへんなところがあるのです。1つはわかりやすいと思うのでもう書いてしまいますが、基点の目盛りに「一番」と番号がふってあること。もうひとつ、31の磁石の図では正しいのに、32の磁石の図でおかしなことになっているところがあるのです。32に問題があるのも興味深いし、となると31が正しいのも面白いです。要は混乱しているということなのでしょうが、32で番号をつけたばっかりに、31では起こらなかったことが起こってしまったのかもしれない。

 もし、これが高橋誠さんの発見だとしたら、すごいことなんじゃなかろうか。私は、知らなかったというより、考えたことがなかったです。日本の数学史や江戸時代に詳しい方から見ると、どう感じられるのでしょうか?
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「円を等しい幅に分割してください」といわれたら

 本日のテーマ曲は、いしだあゆみ「あなたならどうする」。
 円を等しい幅に分割してくださいといわれたら・・・

   
   ■大根や人参の拍子木切りをするときのスライスの段階。


   
   ■年輪。芯までつまったバウムクーヘン。


   
   ■ケーキを平等に。(薄っ)
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「円」を描くとき・書くとき

 野矢茂樹『論理学』の表紙では、タイトルの上に「円」が配置されています。いわゆる禅の「円相」で、表紙の裏に次のような説明が書いてあります。

 (白日のものみな丸き実をむすぶ---中川宋淵) 龍沢寺蔵

 この円相は、左斜め下から始まって、時計回りにぐるりと1周して終わっているように見えます。時計の長針でいえば、40分からぐるりと1時間弱、短針でいえば、8時から半日弱。

 右利きの身体感覚としてはこの書き方がいちばんしっくりくるように感じられるけれど、他の円相も大抵そうなっているのかな?と思ってGoogleで「円相」の画像検索をしてみました。左下あるいは真下のある地点から始めて時計回りで書かれているものが多いですが、反時計まわりのものもあるにはあるんだなぁ・・・と知りました。

 ちなみに私は、マルを書くときには下からはじめて時計回りで書き、ゼロを書くときには上から反時計まわりで書きます。これってみんなそうなのかしらん?と思ってまたまた検索してみたところ、同じ疑問を「教えて!goo」のゼロノ書き順で発見。なるほど。

 小学2年生になった娘の漢字の宿題は、1年生のときに比べて急に難しくなって苦労しているのですが、娘が習いたての漢字を書くのを見てるとけっこうカルチャーショックを受けます。うちの娘にとって文字はまだ文字ではない。線の組み合わせなのだ。「聞」なども教えてみるとけっこう難しい。最初は、「何がそんなに難しいんだろう?」と思っていたし、上から下、左から右に書いていくんだよ〜と言っていたけれど、文字の全体像をつかんでいない人にとってそれは難しい話。どこから始めてどこにうつってどこをつき抜けないでどこをつき抜けたらいいものか。

 それから、空位を表す小円○とゼロ0の違いを考えていたら、それぞれの土地の筆記用具も気になってきたのです。エジプトはパピルス、バビロニアは粘土板、中国(亀甲文字はおいといて)と日本は紙と毛筆だとして、さて、インドはなんであったのだろう?と。

 大昔のインドでは、計算をするときには「砂板」というのを使っていたそうなので、計算の途中経過は残さないらしいのですが、計算結果を記録することはあったようなので、それを何かに何かで書きつけていたのだろうと思うのです。何に何で書いていたのだ?

 そういえば、仏教の経典は最初、何に書かれていたのだろう? 大昔は口伝であったとしても、書き残すようになったときに、何に何で書いていたのだろう。最初から紙に筆? 梵字などど見てみると、マーカーのようなものでうにょ〜と書いてあるように見えますよね。朴筆というのかな?

 で、検索をしていたら、Nagamura.jp>(8)宋版についてというページを見つけました。
南インド諸語,たとえばクメール文字やタイ文字,ビルマ文字などは,古くはバイラン(椰子の一種の葉)にスタイラスで刻し,その上から墨を入れて書いたが,ピリオドのような「点」は,単に穴が開いてしまうだけになるためしっかりした形状の記号が作られた。
 そういえば、ヤシの葉に書かれた「貝葉」という経典もありますか。

 高橋誠『和算で数に強くなる!』を読んで、中国では12世紀の書物に1310072を十三萬一千□□七十二と記している例があり、この小さい四角はもともとは脱落した文字を表す記号だったのが、空位を表す記号にも転用されたものだという話を読みましたが、□を書くときにはクチを書くようにして書いてたんでしょうかね。

 そんなこんなで、インドのことをあれこれ検索していたら、またまた松岡正剛「千夜千冊」にたどりつきました。>中村元『インド古代史』
インドにはヴェーダ以来の須弥山宇宙観があるのだが、このような世界構造論はキリスト教には見当たらない。拮抗しうるのはわずかにダンテの『神曲』であろうけれど、天国も地獄も異なっている。円形や円球の西に対し、インドは方形でも円でも球でもあって、なお対数的であり級数的な宇宙なのである。
 おもしろいねぇ〜!(^^)
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